ネット2 (14)

  一帯は、細い道を挟んで、県営の木造の平屋と二階建てが八軒ほど立っており、その1つが自分の住まいである。半分ほどしか入居しておらず、打ち捨てられて結構劣化している建物もあった。スズメは道を20mほど飛び、一軒の家の敷地にある、桜の木に留まった。

  その建物は、少し前まで知り合いが入居していたが、今は引っ越して誰も住んでいない。道に面した台所のサッシ窓から、家具が無く伽藍堂で、日の光を受けて茶色が鮮やかな、剥き出しの建材が見て取れた。するとその時、何も居ないはずの屋内を何かが横切り、同時に鳴き声が聞こえたのである。今少し様子を伺うと、なんと一羽のスズメが部屋の中を狂った様に飛び回っているではないか。外のスズメが鳴くと、中の一羽も答える様に鳴きながら飛び回っている。どうしてこのような事態になったのか、換気孔等の穴を通して入り込み、出られなくなったという事であろうか。

  中のスズメは、外のスズメよりも小さく、親子かツガイのような関係に思われた。サッシを少し横に押してみると、転居時にロックしなかった様で容易に開いた。そこで、目一杯サッシを開けてみた。中のスズメの鳴き声が以前よりはっきりと聞こえる様になり、外のスズメが一際大きくさえずると、中のスズメは開口部から弾丸の様に飛び出してきたのである。外のスズメもほぼ同時に飛び立ち、同じ方向に去っていった。

  自宅への帰り道はなんかホッとした気持ちで一杯であった。スズメの意識が、どの様なレベルにあるのかは不明であるが、食料の米が、時々置かれているので、件のスズメは自分を敵対とか捕食者的存在とは考えていない可能性がある。問題は、建物の中のスズメの閉塞的状況を、打開できるかもしれない対象として、自分を呼びにきたという事である。スズメの脳重量は1.2gほどで脳化指数(EQ)は1.0ほど、同じくネコは25gほどでEQは1.0、マウスは0.3gほどでEQは0.5なので、スズメはネコと同程度の情緒や知性を持っている可能性もある。

  この事件の後、程なく引越しをしたので、件のスズメとの関係は自然消滅となった。新たな住居は、集合住宅の角部屋であったが、時候が温暖になるにつれて、休日の日中など、地元のスズメが、周辺でチュンチュン鳴くのを聞くようになった。集合住宅なので、玄関、窓、換気口など、まったく同じ構成と配置で横に反復している。換気口には金属製のフードがあり、内側にもフードの上にも留まるスペースがある。新しい住居周辺のスズメは活発で、天気の良い日など換気口の内外で、遊んだり休息しているようで、足の爪とフードの擦れる音や鳴き声や羽ばたきが、結構大きな音で聞こえ、余りに大きい時は、そのまま部屋の中へ突入してくるのではないかと思ったほどである。スズメや野鳥が余り好きではない人にとっては少し煩わしい状況かもしれない。

  あれだけ騒いでいるので、換気口周辺が変な状況になってはいないだろうかと思い、ある日、換気口周辺をチェックすることにした。換気口自体に特に問題はなかったが、スズメが集まるので、フード下の床の上には糞が落ちている、他の部屋の換気口の下もさぞかし汚れているだろうと思い、廊下を歩いていくと、糞が落ちている所など何処にも無く、スズメが来ているという話も聞かなかった。

  前の住居とは100キロ以上離れているので、まさかあのスズメたちが転居先に来ているとは思わなかったが、少し想像を逞しくしてみた。スズメの世界にも同朋の間で情報を共有するネット、言わばスズメネットのようなものが存在し、自分はスズメネットに協力者として登録されているのではないだろうかと。安全な休息場所や食料の提供、場合によっては複雑な事態を打開してくれる存在として認識されており、情報を得た地元のスズメがやって来たというわけである。

  スズメの知覚や集団としての情報共有は研究されていないので可能性としてはあるであろうが、現時点では仮説に過ぎないのは言うまでもない事である。そのようなネットが存在し、スズメたちが自分をそう認識しくれるならば、それはそれで良い、可愛いやつなので、今後も出来る限り協力していこうと思っている。でも、たまには、「舌切り雀」のように、お宝の入ったつづらの在りかを教えてくれないかなぁ、などという不純なことは一切考えないが、天変地異の前に少し騒いで教えてくれたら、などと現実的な事を考えたりするわけである。そして、自分が、そのようなスズメネットに属しているならば、伏見稲荷大社参道のスズメの焼き鳥は、食べるわけにはいかないと思ったしだいである。