未来 (74)

  数ヶ月に渡る巡光速飛行を経て、テイラー大佐一行は、とある星の湖に不時着する。水没する宇宙船から逃れた一行が目にしたのは、猿に似た異形の生物が支配する世界であった。一行はこの猿人に囚われ、騒動に巻き込まれていく。もうお分かりであろうが、これは、「猿の惑星」(1968年)の冒頭の展開である。

  この映画は少年時代、最も印象深かったSF映画の1つである。この映画の最大の見せ場は、猿たちから逃れ、現地人のノヴァを伴い、馬で海岸を進む主人公が、巨大モニュメントに遭遇する最後の場面である。自分が同作品を初めて見たのは、TVのロードショーであったが、映画好きの父は当時、封切りを映画館で見たそうで、この有名なシーンの事を語っていたのを覚えている。

  個人的には、次の「続・猿の惑星」(1970年)も結構好きである。禁断地帯の地下に住むミュータントが、同地帯に侵攻しようとする猿の軍隊に幻覚を見せる場面がある。磔の猿や、炎に焼かれ苦しむ猿を見せると、猿の兵士は大いに動揺するわけであるが、その時、科学庁長官のザイアス博士が光景の中に飛び込み、光景を消してみせ、「これは幻覚だ」、「ラッパ手、進軍ラッパを」とのたまう、このシーンが良い。

  一連の初期作品は、何故、進化した猿が誕生したかという点について曖昧である。知性を持った猿であるジーラとコーネリアスが、過去の地球に行き、彼らの長男であるシーザーの子孫が、猿族に言葉や知性を持つ系譜をもたらしたという解釈はまあ良いとしても、他属種の猿が、言葉や知性を持つのは不可解である。

  第4作目「猿の惑星・征服」(1972年)では、未知のウイルスの流行により、犬やネコが絶滅し、人間はペットして、やがては労働力として、猿を身近に置くようになったという話が出てくる。そうなると、猿は人間とより緊密な関係を持つようになり、その関係が猿の知性化を加速したと考えることもできる。そして、生き残っていたシーザーのような知性ある猿が、猿独自のコミュニーケーションを通して、そのような “素の猿” の知性獲得を、さらに推し進めたという構図も成り立つわけである。

  とは言っても、現実世界に立ち戻ると、世界には、旧霊長類研究所など、霊長類の知性や行動の研究を行なっている研究機関が複数あり、そこには、選抜され、数十年に渡って、トレーニングや学習を受けた、才能ある個体が存在する(或いは、していた)わけである。それら個体に、数の認識が見られた、手話による会話が成立した等の報告があるものの、言葉による疏通や、人間的知性を感じさせる程の行為が示されたという報告は今の所無い。それ故、ヒトと猿との関係の緊密化が、シーザーの子孫ではない猿(Pan)や他属の猿(PongoGorilla)の、言葉や知性の獲得を加速したという主張は、設定として少し弱いように思われる。

  この点に関し、猿の惑星のリブート3作「猿の惑星:創世記」 (2011年)、「猿の惑星:新世紀」(2014年)、「猿の惑星:聖戦記」 (2017年)では、より直接的な説明を与えている。猿においては知能を向上させ、人においては言語能力を、やがては理性をも奪う、猿インフルエンザなるものが登場するわけである。

  某企業が開発した、アルツハイマー病治療用試験薬を投与された猿の知能が劇的に向上し、密かに身籠っていた子(後のシーザー)にも、その影響はもたらされる。その後、成長し、唯一の知性ある猿として目覚めたシーザーは、より劇的効果をもたらす改良薬を入手して、仲間の猿に服用させ、知性化した猿の集団を形成していくわけである。

  この治療薬はウイルス発現ベクターにより構築されるという(何を発現し標的とするかは不明)。この発現型の核酸医薬が、生体内で塩基置換や組換えなどの変異を蓄積することにより、易感染性を示す猿インフルエンザに変化し、それにより爆発的流行が引き起こされ、猿においては高知能化を、ヒトにおいては知能の退化と、その結果として文明の崩壊をもたらしたというわけである(したがって、リブートには時間遡行的要素はなく、猿の知性化は、ヒトが原因ということになる)。

  同ウイルスの中枢神経に対する作用が、ヒトと猿ではどのように違うのか知りたい所であるが、あまり細かい事は言わぬ方が良いのかもしれない。猿の惑星は、初期5作品、リメイク、リブート3作品、テレビドラマ、アニメなど数多くの作品が作られ、同作品が、いかに社会に衝撃を与えた作品であったかがわかるわけである。

 

さて、ここまで述べてきて、リブートのパンデミックは、最近の世界情勢に少し似ていると思われた方もいるかもしれない。それは現在進行形で猛威を振るっているSARS-CoV-2感染症である。このRNAウイルスは、当初報告されてから、変異を繰り返し、現時点においても、新しい株を生み出していると言える。

  同ウイルスの特定の株は、脳細胞にも感染し、ダメージを与える事が報告されている。NATUREの記事を取り上げたBBCのニュースは、SARS-CoV-2感染者の脳全体の大きさは、対照者に比べて、0.2~2%収縮が見られ、嗅覚をつかさどる領域や、記憶に関する領域の灰白質が減少していたと報告している(今の所、言語野ではないようである)。 

  また、2021年には、脳細胞よりもむしろアストロサイトに感染が見られるという報告や、同ウイルスが脳の血管周皮細胞に感染し、同細胞の機能に影響を与える可能性が指摘されている。脳細胞は元より、同細胞に栄養を与えたり、同細胞の恒常性の維持に関連する細胞の機能が損なわれれば、知能タスクは低下していくわけである。

 

コロナ禍が続く中、

2021年1月11日、大型類人猿の初めての感染事例として、カリフォルニア州サンディエゴ動物園サファリパークのニシローランドゴリラ3頭が、新型コロナウイルスに感染した、という米国農務省の発表や、

2021年9月14日、アメリカ南部ジョージア州アトランタにある動物園で飼育中のニシローランドゴリラ20頭のうち、18頭が新型コロナウイルスに、うち4頭は感染力の強いδ株に感染した、というニュースが舞い込んできた。

 

これらゴリラの、態度や行動に変化が見られたという報告は、今の所無いようである、