子孫4 (76)

法華経サンスクリット本の観世音菩薩普門品によると、極楽浄土では性交が行われない代わりに、蓮華の胎に子供が宿って誕生するという。

これは、これまでに述べた科学的手法によって、交尾を経ず子孫が形成される未来的状況を暗示しているようにも思われ、この文を見た時、少しドキッとした覚えがある。

 

「以上のように科学的手法によって、少子化問題を克服した未来には、多種多様な来歴を持つ人々が共存する可能性がある。「子孫」の次回は、これまでの手法と結果を整理し、そのような未来における人間集団の様相を考察してみたい。」と子孫3 (57)に書いた。今回はその 続き である。

 

  子孫3 (57)に述べた子孫形成のパターンを表により整理してみる。表1には、縦に男性(male)、横に女性(female)由来の配偶子が記されている。配偶子は精子(本文では単にspermとする)と卵細胞(ovum)に分かれ、それぞれは、表記の性染色体を持つ精子或いは卵細胞にさらに分かれている(常染色体は基本的に一倍体である)。男性精子欄におけるX(n)はX染色体を、Y(n)はY染色体を持つ天然(native)の精子を示す。横の女性卵細胞欄におけるX(n)は、X染色体を持つ天然の卵細胞を示している。

 

表1

           

                                     X(n):X(native)、X(i):X(induced)

                                     Y(n):Y(native)、Y(i):Y(induced)

 

  そして、男性由来の配偶子と女性由来の配偶子の交錯する欄は、それぞれの配偶子による受精の結果生じる子孫(もしくは単に受精パターン)に対応している。それぞれの欄には便宜的に数字がふってあり、上や横を見れば配偶子の由来が確認できる。さて、一目瞭然であるが、1(女性)、2(男性)の多くは通常の交尾により生じた子孫である。多くはと言ったのは、天然の配偶子どうしの受精でありながら、交尾を経ないケースが近年増えつつあるからである(それについては何処かで言及することになるであろう)。

  前回、再生医療の進歩から、未来においては、配偶子が多能性幹細胞等から人工的に作製されるようになると述べた。表には、そのような人工的な配偶子も組入れてある。男性精子欄のX(i)とY(i)は、iPS細胞等、多能性幹細胞から誘導された(induced)、X染色体又はY染色体を持つ人工精子を示し、女性卵細胞欄のX(i)は、X染色体を持つ誘導卵細胞である。

  3及び4は、天然の卵細胞と誘導精子による子孫であり、5及び6は、誘導卵細胞と天然の精子による子孫である。欄の橙色の濃淡は、そのような子孫が成立する頻度、可能性に対するニュアンスである(色の濃い方が頻度が高く、しばらくの間は、交尾による子孫形成の頻度が高いということになる)。誘導配偶子を用いた子孫形成は、何らかの理由により本来の配偶子の生産能力が失われた個人が、自己の遺伝子を持つ子孫を得たい場合、有効と考えられる。これらの受精は基本的に体外受精により行われ、卵細胞由来者或いは代理母の子宮、もしくは人工子宮において発生させられることになる。

  また、子孫3 (57)に述べたように、男性の多能性幹細胞から卵細胞を、女性の多能性幹細胞から、精子を作製することも、将来的には可能になると思われ、その組合せが9、10である。そして、精子も卵細胞も誘導細胞という受精(7、8、9、10)と人工子宮が連結された様式(交尾も出産もない子作り)が、社会に浸透してくると、男女という概念の希薄化、夫婦や家族、親族等の意味合いの変化が引き起こされ、それらを構成要素とする社会の性質が、ゆっくりと着実に変容するように思われるわけである。

 

(なお、前回、誘導配偶子を用いた受精を、誘導配偶子受精(induced gamate fertilization, IGF)(子孫3 (57))とした。これには、両配偶子とも誘導細胞である場合と、精子、卵細胞どちらかが誘導細胞である場合が含まれるが、後者は、別に部分的誘導配偶子受精と呼ぶこともある。)

 

                     表2A                                 

                               

                               

 

                     表2B

                                               

 

  さて、IGFによる子孫形成は、表2のように自己完結した子作りのあり方も可能にする。表2Aは、男性由来の、天然或いは誘導した精子と、同個人由来の誘導した卵細胞による子孫形成であり、表2Bは、女性由来の天然或いは誘導した卵細胞と、同個人の誘導した精子による子孫形成を示している。すなわち、これら子孫は、個人の完全クローンである。IGFによるクローンの形成において、男性は、両性のクローンが得られるのに対し、女性は、女性のクローンしか得られないことを「IGF自己クローンにおける性の縮約」として、子孫3 (57)に述べたが、その状況を表2A、Bが示している。

 

以上のように、未来社会においては、頻度の差があるとしても、少なくとも1〜18までの背景を持った人類が存在する可能性がある(単為生殖のようなものを含めれば、さらに多いことになる)。個人的には、IGFによる3、4の子孫形成は、それ程遠くない未来に実現するようにも思われる。一部の国において人口減少は喫緊の課題であり、IGFを含めて生殖医療における科学的手法が、今後どのようにこの問題と関わってくるのか、その結果、社会がどのように変容していくのか、興味深い所である。果たして蓮華の胎に子供が宿るのか、注視していきたい。