火星-居住 (60)

(EDと火星(59)より続く)

 

  航行の危険が軽減され、到達時間のさらなる短縮化が計られた結果、火星に数人の人員が降り立ち、科学観測やサンプリングを行い、地球に帰還するというミッション自体は、それ程、遠くない未来に実現するように思われる。一方、火星に降り立った人員が、持続的な居住拠点を作り、定住化するには、多くの課題が待ち受けている。確実なのは、計画の実行には、長期間に渡る(何十年にも及ぶ可能性もある)、地球からの膨大な補給ミッションを必要とするということである。そして、定住化の鍵を握るのが水である。

  ちなみに国際宇宙ステーション(ISS)内では、水を電気分解することにより、酸素を製造しており、酸素分圧が高くなりすぎないようガス濃度が調節されている。そして、その電気分解の元となる水は、ヒトに含まれていた物も含めて、すべて地球から輸送されたものである。前回述べたように、火星大気は薄く、酸素濃度も低いので、火星上の拠点基地はオープンエアーという訳にはいかず、ISSのように酸素を作り出す必要がある。また、フリーズドライ食の戻し水や、居住や基地の維持に必要な水も、当面、ミッションと同時に持ち込んだものや、補給ミッションにより投下されたものを使用することになる。

  一方、火星の両極には氷冠が、ユートピア平原地下には地下氷があることが報告されており(ごく最近の情報では、マリネリス渓谷の地表近辺にも存在し、南極域の地下には液体の水の存在が推定されている)、水を地球由来のものから、そのような火星由来のものに変える事が、居住ミッションの成功の鍵を握る、転換点と考えられる訳である(逆に言えば、火星にそのような水が存在することが、居住や移住の議論を可能にしているとも言える)。一方、二酸化炭素やレゴリスに含まれる酸化鉱物を電気分解しても酸素は得られるが、居住利用の実効性はこれからの課題である。何れにしても、酸素供給の選択肢は多いほど良いという事になる。そして、火星自前の水の調達は、以下に述べる食糧自給実現ための必須事項である。

  居住ミッションを開始したとしても、当面、食糧は、携行した或いは別便で運ばれた宇宙食であるが、そのような状況で、比較的早期に基地で自給できる可能性があるのは、野菜等植物由来のものである。欧米、日本において、建物内部の閉鎖空間における養液栽培技術は、すでに一般的なものであり、ISS内でも試験的な栽培が行われている。一方、継続的な栽培を可能とする種子や肥料等は、依然として地球に依存するため、完全なる自給は、露地栽培(可能であるとして)同様、遠い未来の話である。

  また、かって帆船に家畜を載せて航海したように、いずれ宇宙船で家畜を輸送し、火星に畜産を導入する日が来るかもしれない。しかし、現実的なのは、プラントによる培養肉の生産である。欧米やイスラエルでは、すでに培養肉の生産方法が確立されており、一部は流通経路に載っている(結構いけるそうである)。培養プラントに必要な器材、培養肉の種となる牛、豚、羊等の凍結保存細胞、培地(水は火星自前となる)は、補給ミッションにより運ばれることになる。

しかし、個人的に、上記に先行し、タンパク質の供給システムとして、基地で定着しやすいのではと考えているものが2つほどある。

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  1つ目は、コオロギである。東南アジアでは以前から食用とされてきたが、近年、米州や日本において、食糧問題を解決する次世代の食品として注目され、繁殖法が確立され、粉末を用いた菓子等がすでに流通している(口にした方もいるのではないだろうか)。輸送スペースを取らず(卵で越冬する種が多いので、卵の状態で低温輸送できる可能性がある)、水の消費も少なく、繁殖も家畜より遥かに容易なため、居住ミッション期のタンパク源として有効と考えられるわけである(粉末を、学校給食のカレーやシチューに使用すれば、大人になっても抵抗が少ないかもしれない)。

  2つ目は、ずばり鶏である。ただしこれは、有精卵の長期保存技術の開発が前提であり、成体ではなく、有精卵として火星に持ち込まれることになる。基地で孵化された個体は、通常は採卵を目的に小規模飼育され、後天的には肉の提供も想定される。基地の状況に応じて飼育を停止したり、有精卵からまた始めることもでき、最も早期に火星への移植が可能な家畜となる可能性がある。

  では、魚類はどうであろうか。近年、閉鎖循環型の魚類の陸上養殖技術の発達は著しく、海水魚を山奥で養殖することも可能となっている。凍結精子や卵として火星に輸送し、受精、孵化後、地球同様の条件(重力は異なるが)で飼育することは可能であろうが、やはり水を大量に使うことから、実用化はより後天的になると思われる。

 

  さて、火星起源の水の調達、酸素の製造を含めた生命維持システムの稼働、食糧素材の自給の試験など、居住ミッションはエネルギーを使う事ばかりである。ミッションでは、そのようなエネルギーをどのように調達するかという問題に直面することになる。これまで数多く投入された火星探査車(主電力は原子力電池)、そして、ISSで使用されてきた太陽電池がその1つの答えであり、拠点基地の近辺、或いは日照の良い好適地に余剰電力を産む規模で大陽電池エリアが作られることになる。一方、火星表面では、旋風や砂嵐の発生が報告されているので、移動式の風力発電機も電力供給において有効な手段となる可能性がある。

  さらに、砂塵等の降下によって、主電力である太陽電池が影響を受けることも予想されるため、火星移住を計画する何処かの研究グループが、安定な電力供給を目指して、火星に小型の原子炉を導入することを提案している。確かに、ウェスティングハウス社やベクテル社等の艦艇用小型原子炉は、そのプロトタイプとなりうる可能性があるが、火星上で原子炉を組み立て、稼働要員を配置し、輸送された原子燃料や資材を用いて、発電を開始するのは、これまた大変なミッションである。そこであらかじめ完成された原子力潜水艦の機関部を、補給ロケットに内包するようにし、火星に投入するという方法も考えられるわけである。

  一方、原子炉まで行かなくても、多くの惑星探査機に用いられてきた原子力電池の、火星への導入は、不測の事態に備えた電力源として有効である。プルトニウム238等、半減期の長い放射性元素原子核崩壊の際に放出される熱を、熱電変換素子等により電力にする(他の方式もある)原子力電池はコンパクトであり、居住ミッションに携行でき、その後の補給ミッションで追加可能であるので、安定電源として有力なものである。

 

(続く)

【松乃江】

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