資源 (102)

秋田に居住していた時の話である。当時、大潟村内を走る県道42号線をよく利用していた。大潟村は、ご存知のように、日本第2位の面積を誇った八郎潟を干拓してできた自治体であり、42号線を北に行けば、三種町を経由して能代市に、南に行けば、男鹿市、潟上市を経由し、秋田市に至る。

そのような42号線を、日々、通勤や買物等に利用していたわけである。42号線は、片道一車線の大潟村の主要道であるが、干拓地上に作られているので、干拓以前は地理的には湖の中である。そう考えると湖面を走っているようで変な気分になることがある。道路の両側は、アキタコマチを始め様々な作物が栽培される広大な農地であり、道路と農地の間に緩衝帯(防風林)として、ポプラが植えられている。大潟村の行政機関、商業施設、農協、学校、住宅等は、ヒトの横顔の形をした干拓地の鼻の付け根の部分に集中しており、他にほぼ建築物はなく、42号線も中心地を過ぎると、男鹿市に入るまで、ポプラ並木と下草、それらの切れ目に農地が見えるのみである。

 

季節は、夏に入る前か、秋だったか定かではないが、しばし車を利用していなかった週の翌週、いつものように、中心地を通りすぎ、県道を南下していた。すると、右手のポプラ並木の間に、見慣れぬ異様な構造物が目に入ってきた。それは、ポプラよりも高く巨大で、近づくと、金属で組んだヤグラのような構造物であった。次の日も、その次の日も構造物はそこにあったわけであるが、気になって、周囲に聞いて見ると、構造物はなんと石油の試掘井であるという事であった。

 

秋田県は新潟県同様、国内でも希少な石油産出地である。秋田市内の八橋油田は、全盛期には、年190万バレル(30万キロリットル)の原油を産出した、国内有数の油田であり、産出量は減少したものの、現在でも採掘を続けている。県内には、他にも、稼働中或いはかって稼働していた油田が幾つか存在し、天気の良い休日など、秋田市やその近郊をドライブしていると、不意に青く塗装されたポンプジャックが現れ、驚くことがある。

 

さて、その試掘井の辺りを西にたどると、大潟村から男鹿市(旧若美町)に入り、すぐに陸地は尽きて日本海となる。そして、そこには、秋田県で稼働中の、もう1つの有名な油田、JAPEXの申川油田(さるかわゆでん)がある。旧若美町は男鹿島(男鹿半島になる前)と本州との間にできた砂州なので、大潟村内の試掘井の設置場所は、地質的には原油を含む申川油田の堆積層と連続性があるようであった。

 

石油の試掘井であることがわかると、当時、自分の中で、この仮想油田に思いを馳せ、いろいろと妄想し、盛り上がった事を覚えている。以下はその一部である。

 

  • 原油の主含有層は、申川油田の海底よりも、むしろ大潟村の地下にあり、ヤグラ先端から自噴するほど大規模なものであった場合、大潟油田だけで、日本は、一挙にOPECの加盟国になれるかもしれない(幾ら何でも)。
  • 石油関連事業で村の税収は莫大となり、同事業に携わるヒトが流入して人口が増えると、大中規模の病院が設立され、大型商業施設、ホテル、飲食店、高層住宅等が誘致される可能性がある(土地はいくらでもある)。
  • 県立大学大潟キャンパスに、新たに石油関連の学科(資源工学科等?)が設置され、学生人口が増える。
  • 石油関連事業と関連して、JR男鹿線から分枝し、42号線に並走して北上し、JR大潟駅(新設)を経て、能代或いは東能代でJRの既存線に接続する、旅客、貨物併用のJR大潟線が新線として整備されるかもしれない。その結果、秋田市や男鹿市、能代市へ、直接、鉄道で移動できるようになり、観光人口が一段と増加する。
  • 上記の結果として、自治体が大潟市に格上げされる。

 

自分や周囲では、小説やゲーム、映画など、創作物の題材として魅力的であるという認識もあった。 

(続く)