個性 (55)

  西日本の人とって、ホヤはあまり馴染みがない海産物であるかもしれない。東北の太平洋側で主に養殖されており、地元の人は、毎年、この海のパイナップルを心待ちにしている。自分はと言えば、少々苦手である。初めて、刺身を口にした時、海産物なのに生臭みもなく、むしろその香りに驚いたものである。そして、大抵の物は喉を通す事ができる自分であるが、その薬品のような香り(何らかの生理活性物質を想到させるが)と複雑な味覚に飲み込む事が出来なかったわけである。

  また、母と電話をしていると、よくゴーヤをどうのこうのして食べたと言う話が出てくる。体にいいという薦めもあり、何度か購入し食べてみたが、食物界には珍しいこの苦い野菜をまだ克服できないでいる。薄く切って、水にさらし、豆腐や卵などと一緒に炒めれば、苦味が和らぎ食べられるというが、たやすく食べられる美味しい野菜が他に幾らでもあるのに、そこまでして食べることもないような気もするわけである。

  このように、自分にとって、ホヤもゴーヤも個性の強い苦手な食材である。しかし、どちらも喜んで賞味している人達がいるわけであり、その美味しさに共感できないのは、少し癪な気もする。個性の強い食材どうしを合わせると、稀に総和して新たな旨さが作り出される事がある(勿論、その逆もあるが)。そこで、以下のような食べ方を考えてみた。

  1つ目は、おお振りの身に衣を付けて揚げたホヤカツと薄切り(もちろん水に晒してある)のゴーヤを、もう1つ個性が強いウコギ(茹でてアク抜きしてある)の刻みを入れたマヨネーズのディップで合わせて、酸味のあるライ麦パンに挟み、ホヤカツサンドにするというものである。ホヤカツの香り、味、食感が、ゴーヤの苦味、ウコギの香り、ライ麦パンの酸味と合わさってどのような効果をもたらすかである。

  もう1つはホヤ版冷汁である。火を通したホヤの身と味噌をすり鉢に入れ、すりこぎでする。よくすれたらすり鉢の内側に伸ばし、料理用のバーナーで、軽く焦げ目が付くまで焼く。出し汁か冷まし湯を入れてよくのばす。ゴーヤの薄切りとウコギの刻みを適量加えてよく冷やす。冷えた汁を米飯か麦飯にのせ食すというものである。ホヤと味噌のすり物が、蕗味噌の様な味わいを醸しだすのではないかと少し期待しているわけである。

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  デザートもある。火を通して微塵にしたホヤ、ゴーヤ、ウコギを、砂糖を加えたリコッタチーズのクリームに少々加え、そのクリームを小麦生地を円筒に揚げた物に詰め、粉糖をかけるというものである。ピンと来た方もいるかもしれないが、要するにホヤのカンノーロである。ホヤのアイスクリームはあるので、量さえ間違えなければ結構いけるのではないかと思っている。

  料理ではなく、調味料として利用することも考えられる。すなわち、ホヤを使用した魚醤である。殻を取ったホヤ全体、或いは身のみを塩で漬け込み、内在菌か、添加した好気性細菌により発酵をおこし、液状成分を得るというものである。ホヤ自体に他の海産物にない特有の香りがあるので、少量たらすだけで、サラダや、冷奴、ステーキ、鍋等を劇的に引き立てる、異色の調味料が得られる可能性もある。さらに凍結乾燥したものを適量、岩塩に混ぜて、他にない風味塩(ホヤソルトと言った所であろうか)として、使用することも考えられるわけである。

 

(ホヤ(マボヤ:Halocynthia roretzi)は全く奇怪な生物である。上部に複数の突起のある擬宝珠(ギボシ)のような形状をしており、着生している根元は薄い橙色で、それから上は、突起を含めワインレッドをしている。しゃがんだガラモンの背部のようにも見える。意外に思われるかもしれないが、ホヤは、後、幾つかの遺伝子があれば、脊椎動物の方に進化できたかもしれない高等生物である。それを裏付けるかのように、幼生時は、眼点、神経、筋肉等を持つ、オタマジャクシ様の体型で遊泳をする。幼生が岩などに付着すると変態して、我々の知るホヤの成体へと成長していくわけである。

ホヤは脊椎動物への進化の過程や、胚発生を研究する上で重要な生物でもある。変態に関与する遺伝子の発現を阻害したり、Hox遺伝子等の発現を調節することで、付着、変態を抑制すれば、遊泳個体のまま成長し、これまでと異なる生物に発生する様な気もする(勿論、口や消化管等が誘導される必要があるが)。しかし、人為的でなくとも、長い進化の過程において、幼生が着生しない変異体が誕生し、新たな種となる可能性もあるわけである。)

 

ホヤやゴーヤの食べ方という話をしながら、もう少しホヤのことを。

  ホヤは一般には食品として利用されている。ホヤの殻に切れ目を入れ、殻の内側に指を回し、引っ張ると、簡単に身を取り出す事ができる。ホヤは今の所、唯一セルロースを合成できる動物であり、このホヤの殻(被嚢)は、主にそのセルロースでできている。身をとった後の殻は通常、廃棄物であるが、自分は、この殻にも価値があると考えている(どこかのメーカーがホヤのセルロースをスピーカーのコーンに利用しているという話も聞く)。

  以前、旅行の土産にウナギの皮製の財布を貰った事があったが、ホヤの殻は、結構丈夫で、柔軟かつ色が美しく、何より形が面白いので、うまく素材を固定し、がま口の外装にするというのはどうであろうか。着生部を口にし、イボイボを下にするわけである。1つとして同じもののない、ホヤのがま口である。そして、やはり魅力的なのはイボイボなのでそれを生かし、ホヤを円筒形に開き、皮革の様にジャッケットやバッグの素材にしてはどうかとも思う。素材としては安価であるが、縫製に手間がかかるので結構、高級品になるかもしれない。

 

さて、将来、ホヤのがま口を持ち、ホヤジャンを着たライダーが、バイクを走らせることを想像して、今回は筆を置くことにする。

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