解放 (52)

  壊滅的な巨大地震が起き、無法地帯(警察や自衛隊などが機能していないということであろうか)と化した関東において、上野動物園かどうかはわからぬが、動物園の猛獣の飼育担当であった男が、園で飼育されていたトラやライオン等を解放し、それら猛獣の威をかりて(ライオンか何かに跨っていた気がする)、付近一帯の支配者になるという漫画の設定があった(たぶん永井豪氏のバイオレンスジャックと思われる)。猛獣を数頭手懐けているからといって、そのような権力を掌握できるかどうかは不明であるが、当時、この設定を非常に面白く感じたものである。

  各地の動物園やサファリパークの類には、本来その土地に棲息していない多くの動物が集積されている。厳重に管理されているので、それら動物が施設外に逃亡することはまずないが、ごく稀にそのような事案が発生すると、世間を騒がせることになる(ペリカンチンパンジーの件を覚えている方もいるかもしれない)。

  しかし、個人レベルや他の経路では状況が異なる。千葉ではペットとして飼われていたアカゲザルが逃げ出し、野生のニホンザルと交雑し、結構な集団を形成している。同様に和歌山県では、タイワンザルとニホンザルの交雑種が増加している。このままいくと将来、ニホンザルの純血種は、動物園にしかいなくなる可能性もあるわけである(少し大げさか)。

  また、度々報道されるように、西日本の川では、食用として持ち込んだチュウゴクオオサンショウウオと在来のオオサンショウウオとの交雑が進み、オオサンショウウオの純系が風前の灯火の状態にあるという。このほか魚類や昆虫を含めれば、国内で、少なくない交雑が現時点で進行しているということになる。このような交雑種の適応度が従来種よりも高いと、環境の中で選択され、新たな種として固定することになるわけである。

  地震が原因で、動物園等から動物が逃げ出した或いは解放された事例は、今の所聞かぬが、洪水によるものならば、外国で、カバやアシカやシロクマなど(いずれも泳ぎが上手なので、然もありなんと思うわけであるが)、幾つか例がある。なかでも最大の事件は、2015年のトビリシ大洪水である。このジョージアの首都で起こった洪水では、トビリシ動物園から、ライオン、トラ、ジャガー、オオカミ、ジャッカルクマカバ、ペンギンなど、猛獣を含めた多数の動物が逃げ出した。

  この洪水により園内で飼育されている600匹ほどの動物の半数あまりが行方不明となり、一部は捕獲され一部は駆除されることとなった。ジョージア温暖湿潤気候なので、追跡を逃れた個体が、近辺の森、そのまた奥の山地にのがれ、園内や在来の近縁種と交雑する可能性もあったわけであるが、実態は不明である。ただ、確かなのは、猛獣の威を借りた支配者は登場しなかったということである。