纏まる (5)

  研究所の1つ下の階に、大学の後輩のO君がいた。下の階に行くことがあり、O君と話す機会があった。丁度彼は帰宅するところであったが、話しかけてもいつものような歯切れの良さがなく、心ここにあらずという感じであった。彼の乗降駅は、自分の駅よりも3駅北であり、住まいを捜す時、路線の周辺をくまなく当たったので、駅周辺のおおよその土地感はあった。駅は半すり鉢状地形の底に有り、駅を支点として伸びる坂道の1つを昇りきった所に、彼のアパートはあった。

  彼のアパートは、トイレが共同で、当時は古い集合住宅などで、まだ多く見られた汲み取り式であった。ここでY先輩の所で出てきた長雨がまた関係してくるのである(茶色い(1))。古い建物のため至るところに亀裂があり、トイレ区画も例外では無く、その亀裂を通って雨水が便槽に流れ込んでいる、通常の雨ならば、大して問題ではないが、今年はいつにない長雨で水位がどんどん上がっている、ヤバい、大家に事情を説明しても埒が明かない、次のバキュームカーが来るには日にちがある、このままでは溢れ出す恐れがある、緊急事態である。

  アパートには、大学生や勤め人など様々な人物が住んでいたが、仲は良く、色んな事を話し合って決めていたそうである。今回の事態を受けて話し合いの場が持たれた。そこで、決められたのは、出来るだけ学校や職場や外で済まし、アパートでは極力、排泄をしないようにしよう、という事であった。とは言っても出るものは出る、雨は続いており、刻一刻とカタストロフが近づきつつあり、憂鬱である、というのが、彼を悩ます問題であった。

  数日後、O君と合った時、「バキュームカーが来ました」と言った彼の爽快な顔は今でも覚えている。アパートには、いろんな人物がおり、結構変人もいるようで、今回の危機を乗り切った彼らを、自分は、東欧を席巻したポーランドワレサ(ヴァウェンサ)代表率いる「連帯」になぞらえて、自主管理労組「変態」と呼んでいた。その後、アパートがどうなったかは知らない。汲み取り式便所など見たこともない現代の若者にとっては、少し実感のわかない話かもしれない。

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