縁 (26)

小学生の頃、夏の旅行を計画したことがあった。

  図書館に、県ごとに名勝や物産を紹介しているシリーズ本があり、偶然手にとったのが和歌山県のものだった。当時は、まだ時代劇が多く放映されており、御三家の1つ紀州徳川家があった所ぐらいの知識で、和歌山県の事などほとんど何も知らない“小坊”であった。

  その本を見ていくと、どうやら蜜柑や梅が採れる所らしい、白崎という石灰岩でできた綺麗な岬があり、さらに南下すると、白浜という温泉地があり、白良浜という白砂の海岸と、円月島という少し変わった島があるらしいということがわかってきた。そして自分は、その真ん中に絶妙のバランスでぽっかりと穴が開いた島に魅力を感じ、何としても見てみたいと思ったわけである。その年の夏、クラスの友人二人を引き込み、計画を実行に移した。実際には、小学生3人だけで旅行させるのは不安であるとして、友人の一人の男親が、付き添う形となった。

  長い間、列車に揺られ、ようやく現地の温泉宿にたどり着き、目的の円月島を肉眼で見て感激し、近辺を散策していると、小さな物産館のような建物があった。中に入ると植物標本のようなものがあり、最後の方には彫りの深い人物の青銅のマスクのようなものが置いてあった。特に印象を持つこともなく、その後、宿に戻り、島を見た事で満足したのか、夏だというのに海水浴もせず、翌日には帰りの途についたのであった。

  時は流れ、院生時代のことである。休日の午後、自宅でテレビを見ていた時である。番組では、主に南紀の観光地を紹介しており、その中で白浜温泉が出てきた。白良浜、円月島と懐かしく見ていると、自分が入ったような建物も紹介され、マスクが映し出された。そしてマスクの人物が何者であるか判明した。彼は、南方熊楠であったのである。

  南方熊楠は、とやかく言う必要のない有名人物であるが、当時は、その番組による再発見をきっかけとして、彼の事績に興味を持ち、「南方熊楠―地球志向の比較学」(講談社学術文庫 鶴見和子著)を始めとして、彼に関する評論や、彼の著作を読み進め、そしてついには、生活費を切り詰めて、「南方熊楠全集」(平凡社)を揃えるに至ったわけである。

  彼の著作で一番面白かったのは、個人的には「神社合祀に関する意見」である。その奔流のような知識と流麗な文体、ワイ談を挟んだユーモアが読む者を飽きさせない。また、昨今取り上げられる事の多い、所謂「南方マンダラ」も現象学のようで興味深く感じたのを覚えている。

  近年、熊楠が後半生を過ごした田辺近辺、と言うよりも南紀一帯の観光は、アドベンチャーワールドジャイアントパンダ南方熊楠が、牽引しているように思われる。古今東西の奇獣にも造詣が深い熊楠が、この状況を知ったら、どう発言するだろうかとふと思うわけである。

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