珈琲 (17)

インスタントコーヒーを飲むとき、よく思う事がある。

  ルイ・フェルディナン・セリーヌ(Louis-Ferdinand Céline)は、その独特の文体や反ユダヤ思想で有名な、両大戦期、戦後にかけて活躍したフランス人作家である。大学時代、初めて彼の代表作、「世の果てへの旅」(中公文庫 生田耕作訳)を読んだとき、最終章の生々しく繕いの無い表現と疾走感に、衝撃を受けたものである。自分は、反ユダヤ主義でも何でも無いが、その特異な文体に惹かれ、以後、彼の作品を何冊か読み進めることとなった。

  第二次大戦後、以前書いた反ユダヤ的評論や政治的パンフレットが原因で、逮捕状が出され、彼はデンマーク等で亡命生活を送ることになる。その亡命時の体験をベースに、「城から城」、「北」、「リゴドン」(いずれも国書刊行会 セリーヌの作品 高坂和彦訳)といった所謂「亡命三部作」が執筆されている。亡命時、すでに有名であった彼は、アメリカのジャーナリスト(名前は失念したがA氏とする)と書簡の遣り取りをしていた(後に書簡集として発表されている)。自分は「セリーヌの作品」に毎巻挟まれている編集後記で、

  A氏は亡命で不自由な生活をするセリーヌに物資を援助しており、その中に代用コーヒーがあり、セリーヌは、この代用コーヒーを、酷いものとしながら、執筆には無くてはならない として、A氏に度々催促しており、供給が遅れた時などは、A氏に文句を述べていた。

  というような記事を読んだ事があった。これを読んだ当時、A氏が送った代用コーヒーとはどのようなものであろうか、19世紀末頃には、インスタントコーヒーらしきものがあるので、アメリカで開発された初期の製品であろうかなどと 色々想像を巡らしたものである。

  現在は、MOUNT HAGENやMOCCONAといった高級的名柄から百均のものまで、様々なインスタントコーヒーが販売されており、どれも自分が若い時飲んだものよりも、格段に香り高いように思われる。百均のインスタントコーヒーも、生産地や豆を工夫する事で、価格を抑えており、ちゃんとしたスプレードライコーヒーである。

  これらのインスタントコーヒーを飲む時、セリーヌだったらどう思うであろうか、満足するであろうか、NONであろうか とふと思うわけである。